世界の茶の動きを最も知る男 ALL ABOUT TEA

明治、大正、昭和と「世界の茶の動きを全て把握していた男」と言われていたウイリアム・ユーカース。

世界的に著名な茶業全書『ALL ABOUT TEA』*(1935年)の著者である。

「オール・アバウト・ティー」の名の通り、世界の茶の歴史、技術、科学、商業、社会、芸術に渡る章から構成され、各茶産地へ直接調査を行い、世界の各国の茶資料を12年以上に渡り収集し、専門家にも執筆依頼をして編集された大著である。


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All About Tea


ユーカースは1873年フィラデルフィアに生まれ、ニューヨークタイムズの記者などジャーナリストとしての経験を積み、全米初の茶業とコーヒーの専門誌「Tea &  Coffee Trade Journal」や茶、コーヒーの専門書を扱う出版社を20代の時に創設した。

 

この時から自分の人生を茶とコーヒーに捧げる決意をしたという。

大の日本茶贔屓でもあり、静岡に来た時に自分のことを「松之助」、妻は「富士子」と呼んでくださいと紹介したり、

茶業者たちの前で「徳川家康が言われた通り、人は重荷を背負って生きている」と話し始め、すっかりその場にいる者たちを虜にした。

 

そして、「TEA」とは、Tie East  Americaの頭文字であり、「日米を結ぶ」ものなのだとスピーチ!

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『All About Tea』


日本茶業界が、組織を組んで、本格的に日本茶の最大の輸出先であったアメリカで広告を始めたのが明治26年シカゴ万博である。(テレビやネットがない時代、万博こそ日本茶にとって最大の広告の場であった。ユーカースは日本茶の万博での展開を「非常に教育的で優れている」と取材し記事にもしている)

 

それ以降、日本茶業界は、新聞、雑誌広告もスタートさせ、最初に広告を入れたのが、ユーカースの茶業専門誌であった。

大正期に日本茶の「対米大宣伝戦」をスタートさせたときも、ユーカースの茶業専門誌でまず「これから日本茶アメリカに大宣伝をスタートさせます!」という広告の広告を入れた。

 

明治40年、ユーカースが初来日し、父を早く無くしたユーカースは、日本茶業界をリードしていた茶業王大谷嘉兵衛を「第二の父」と仰ぐようになる。

 

そして帰国後に、『All About Tea』の執筆構想と協力依頼を大谷嘉兵衛に送った。

 

関東大震災の翌年、再度、『All About Tea』の取材のため、来日する。

 

横浜港で船から降りるユーカースを迎えた日本茶業者たちを見て、さながら茶業祭りのような歓迎だったと感謝を旅行記に残している。

 

船から降り立つユーカースはおしゃれでさっそうとした姿で現れ、常にきちんとしていて、サー・トーマス・リプトンでさえも、ユーカースのことをファーストネームで呼ばす、「Mr. Ukers」と呼んでいた。

 

この時、大谷嘉兵衛と共に、『All About Tea』の執筆協力をした石井晟一(富士製茶会社)もユーカースを出迎えていた。

 

*この時の旅行記はユーカースの『Trip to Japan』や、日本の『茶業界』にまとめられいる。

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ユーカースは優れた茶書こそ茶の最大の広告である、という信念で『All About Tea』を執筆し、その中でも、世界の茶の広告の始まりは、世界初の茶書『茶経』だと主張している。

 

ユーカースは、日本茶業者に向けたスピーチの中で、アメリカ人は大きな子供である、子供はお話しが大好きである。このお話しとは、広告のことだ。アメリカでは広告をしないと売れない」ということを盛んに説いた。

通訳としても同行していた石井晟一アメリカでの営業経験が長く、ユーカースと共に日本茶業者を説得し、大きな予算をとって「全米大宣伝計画」が実行されることとなった。

 

日本茶の対米宣伝が成功するためにと、自身の茶業専門誌で「日本茶アメリカで売るために」というアイデアを募集して特集記事を書いたり、マーケティング調査や自分のコーヒー広告の経験からアドバイスを送るなど、多大な協力をしている。

 

後にニューヨ-ク大学などで講演したユーカースは、真実を取材し、伝える広告こそ力があることを訴えている。茶そのものが良くなければ広告は無意味であるという。

 

戦後、日本茶業界はユーカースの日本茶への長年の協力を讃え、感謝状を贈っている。

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農林大臣ユーカースへの感謝状

 

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ユーカースから日本茶業者への感謝状(『All About Tea』の取材から帰国時に送られた)
ニチベイ・バンザイ・サヨナラ」とローマ字で書かれている。

吉野亜湖

茶文化研究者・静岡大学非常勤講師

 

【追】彼の茶業専門誌「Tea &  Coffee Trade Journal」や日本旅行記はニューヨーク市立図書館等(一部アメリカの議会図書館でデジタル化)で読むことができます。日本の万博での活躍ぶりなども報告など、日本側にはない茶業史記録が読めるので感謝。(当時はリアルタイムであった記事なので、生き生きと読める茶業史です)

また、日本茶が機能性広告(ビタミンC)に走った時に、「違う、日本茶が持つ本来の良さを伝えればよいのだ」というアドバイスもしています。

 

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*『ALL ABOUT TEA』

この内、日本茶に関する三章を翻訳出版したのが日本茶文化大全』知泉書館)。日本茶愛する人でまだ読んでいないという人はぜひ一読を。

 

また、杉本卓訳『ロマンス・オブ・ティー』は、『ALL ABOUT TEA』のダイジェスト版ですので、こちらはを愛する全ての方へ一読おすすめします。